血圧計のセンサーは何を見ているのか?1回の拍動から「振幅」が抽出されるまで
前記事「数値で体験するオシロメトリック法」では、カフ圧ごとに得られた「振幅の数値データ」を元に、アルゴリズムがどのように収縮期血圧(SBP)と拡張期血圧(DBP)を決定するかをシミュレーションしました。
しかし、そのシミュレーションの表をもう一度見て、こう疑問に思いませんでしたか?
「カフ圧120 mmHgのとき、振幅は0.95 mmHgだった」とあるけれど、そもそもその『0.95 mmHg』という数値は、どうやって測定されたのだろうか?
今回は、マクロな血圧算出アルゴリズムからさらに一段階ズームインし、カフ圧が120 mmHg付近にあるわずか1秒間(1拍動分) に、腕の中でどのような物理現象が起き、血圧計の内部でどのような信号処理が行われているのか、ミクロな視点で徹底解剖します。
1. センサーが捉える「生データ」の正体
電子血圧計の内部には、カフ(腕帯)の中の空気圧を測る圧力センサーがひとつだけ搭載されています。
カフが膨らみきった後、徐々に空気が抜けていく過程で、この圧力センサーがリアルタイムに取得している値(生データ=Raw Signal)は、実は私たちが想像する「脈の波」そのままではありません。
生データは、主に以下の2つの成分が合わさったものです。
- DC(直流)成分:カフ自体の圧力。AHA(米国心臓協会)が推奨する 2〜4 mmHg/秒 の速度で、時間に沿って徐々に下がっていく、なだらかで巨大な圧力の坂道です。
- AC(交流)成分:心臓の拍動に伴って生じる、微小な圧力の変動(脈波)。このAC成分の大きさは 典型的には1〜4 mmHg程度 であり(Drzewiecki et al., 1994)、DC成分の巨大な坂道の上に、さざ波のように乗っかっています。
上のグラフは、カフ圧がおよそ122 mmHgから110 mmHg方向へ約4秒かけて下がっていく間の生データを再現したものです。巨大な降圧カーブ(DC成分・点線)の上に、心拍ごとの小さなギザギザ(AC成分)が乗っているのが分かります。
オシロメトリック法において、本当に見たいのはこの「小さなギザギザ(AC成分)」だけなのです。
2. 1回の拍動で起きているミクロな物理現象
では、この小さなギザギザ(圧力の微小な上昇)は、なぜ発生するのでしょうか?
カフ圧が120 mmHgで固定されている瞬間の、腕の内部(上腕動脈)で起きている物理現象をコマ送りで見てみましょう。ちなみに、この被験者の実際の血圧は 120/80 mmHg だとします。
① 拡張期(心臓が休んでいる時:血圧 80 mmHg)
心臓から血液が送られてこない拡張期では、動脈内の圧力は80 mmHgまで下がります。 外からカフが120 mmHgの力で締め付けているため、動脈は完全に押しつぶされてペチャンコになり、血流は止まっています。このとき、腕の体積に変化はなく、カフ内の圧力センサーは静かなままです。
② 収縮期(血液が押し寄せる時:血圧 120 mmHg)
心臓が収縮し、ドクン!と血液の波が押し寄せてくると、動脈内の圧力が一気に120 mmHgまで上昇します。 この瞬間、内側からの圧力(120)が外側からのカフ圧(120)に一瞬だけ拮抗し、ペチャンコだった動脈がわずかに押し広げられます。
③ 動脈の膨張から「カフ内圧の上昇」への変換
ここからがマジックです。動脈がわずかに広がるということは、その瞬間に「腕の体積」がほんの少しだけ増加する ことを意味します。
腕に巻かれたカフの布地(バンド)は伸び縮みしません。布地が伸びない状態で腕の体積が増えると、カフの内部に入っている「空気」の居場所が狭くなり、押し縮められます。
ボイルの法則(体積が減ると圧力が上がる)により、空気が圧縮されることでカフ内部の圧力が「ピクッ」と上昇します。これを圧力センサーが捉えたものが、先ほどの「小さなギザギザ(AC成分)」の正体なのです。
3. 脈波の形状はどのようなものか?
AC成分として見える小さなギザギザは、単純な三角波や正弦波ではありません。実際の動脈脈波には、心臓の駆出と動脈系の反射に起因する 特徴的な形状 があります。
生理学的な研究(Baruch et al., 2011; Rubins, 2008)では、1拍動の脈波を 3つのガウス関数の重ね合わせ として数学的にモデル化する手法(Pulse Decomposition Analysis: PDA)が確立されています。
| 成分名 | 生理学的な由来 | 波形上の位置 |
|---|---|---|
| P₁(収縮期打撃波) | 心臓の左心室が血液を駆出したときの前方伝播波 | 急峻な立ち上がり → 最も高いピーク |
| P₂(反射波 / 潮汐波) | 末梢血管の分岐点などで反射して戻ってきた波 | P₁直後の肩〜二段目の小さな膨らみ |
| P₃(重複波 / ダイクロティック波) | 大動脈弁の閉鎖に伴う圧力のリバウンド(この直前の圧力低下が「重複切痕(ダイクロティックノッチ)」) | 拡張早期の小さな隆起 |
本記事の全チャートは、この 3-Gaussian分解モデル に基づいて波形を生成しています。各ガウス関数の振幅()、中心時間()、幅()のパラメータは、上記文献の報告値を参考に設定されています。
なぜ形状が重要なのか:近年の研究では、振幅(P-P値)だけでなく、脈波の 輪郭(コンター) そのものから動脈硬化や心機能の情報を読み取る「脈波解析(Pulse Wave Analysis: PWA)」が注目されています。オシロメトリック法で取得されたカフ圧変動が、実質的には動脈脈波そのものであるという認識が近年広まっています(Baruch et al., 2011)。
4. アナログからデジタルへ:振幅の抽出プロセス
センサーが捉えた物理的な「圧力の微小な上昇」は、たった一つの数値(振幅:0.95 mmHg)に変換されるまでに、マイコン内部でいくつかのデジタル信号処理を経ます。
ステップ1:サンプリング(A/D変換)
現実の圧力変化は連続的なアナログ波形ですが、マイコンはそのままでは処理できません。そこで、1秒間に100回(サンプリングレート 100 Hz)などの頻度で圧力を測定し、デジタルな点の集合として記録します。
ステップ2:ハイパスフィルタリング(DC成分の除去)
先ほどのグラフで見た通り、脈の波(AC成分)は、急勾配で下がるカフ圧(DC成分)の上に重畳しています。このままでは波の高さを正確に測れません。 そこで、IEEE/AAMIの標準に基づいた「バンドパスフィルタ」(帯域通過フィルタ、通過帯域 約 0.5〜20 Hz)を適用し、ゆっくりとした変化(DC成分、0.5 Hz未満)を除去すると同時に、高周波ノイズ(20 Hz超)もカットします。
その結果、0 mmHgの水平線を基準(ベースライン)とした、純粋な脈波(AC成分)だけが取り出されます。
上のグラフでは、DC成分が完全に除去され、3つのガウス関数で構成される脈波の特徴が明確に見えます。各拍動で、急峻な立ち上がり(P₁:収縮期打撃波)→ 肩の膨らみ(P₂:反射波)→ 小さなリバウンド(P₃:重複波)→ 拡張期の静寂 というパターンが繰り返されています。
ステップ3:Peak-to-Peak(P-P)振幅の算出
フィルタリングされた波形から、血圧算出に使う「たった一つの代表値」を決定します。オシロメトリック法では通常、Peak-to-Peak(P-P)振幅 という手法が用いられます。
1回の拍動(約0.83秒間、心拍数72の場合)の波形を切り出し、以下の計算を行います。
- その拍動の中で「最も高い点(Peak:山)」を見つける
- その拍動の中で「最も低い点(Trough:谷)」を見つける
- 山の高さから谷の深さを引き算する(Peak − Trough)
上のグラフは、1拍動分の波形を拡大したものです(横軸はミリ秒)。 P₁(収縮期打撃波)の頂点(Peak)と拡張末期の最低点(Trough)の差分が Peak-to-Peak(P-P)振幅 です。これこそが、「カフ圧120 mmHgにおけるオシレーション振幅は 0.95 mmHg である」 というシミュレーション記事のデータポイントの正体です。
5. マクロ視点への回帰:1つの振幅からエンベロープへ
ここまでのミクロなプロセスをまとめましょう。
- 物理現象:動脈が一瞬開くことで腕の体積が増え、カフ内の空気が圧縮されて圧力が微増する。
- 信号処理:センサーの生データをサンプリングし、バンドパスフィルタ(0.5〜20 Hz)でDC成分とノイズを除去して純粋な脈波(AC成分)を取り出す。
- 数値化:1回の波形の「山から谷までの高さ(Peak-to-Peak)」を計算し、「1つの振幅値」とする。
電子血圧計は、カフ圧を下げていく過程で、拍動が起こるたびに(数十回にわたって)この「波の切り出し→フィルタリング→P-P振幅の抽出」という計算をひたすら繰り返しています。
そうして抽出された「一つ一つの振幅の点(0.95 mmHg, 1.30 mmHg, 1.65 mmHg…)」をカフ圧ごとにプロットし、滑らかな曲線で結んだものが、前記事で登場した 「オシロメトリック・エンベロープ(包絡線)」 なのです。
生データの波の高さ(ミクロ視点)から抽出された点の集まりがエンベロープ(マクロ視点)を形成し、そこからようやくSBP(収縮期血圧)とDBP(拡張期血圧)という最終的な血圧値が算出される——これが、血圧計の中で起きている壮大な情報のバトンリレーの全貌です。
参考文献
- Geddes LA, Voelz M, Combs C, Reiner D, Babbs CF. “Characterization of the oscillometric method for measuring indirect blood pressure.” Annals of Biomedical Engineering 10:271-280, 1982.
- Drzewiecki G, Hood R, Apple H. “Theory of the oscillometric maximum and the systolic and diastolic detection ratios.” Annals of Biomedical Engineering 22:88-96, 1994.
- Baruch MC, Warbritton DER, Babb AR, Shaltis PA, Ring R. “Pulse Decomposition Analysis of the digital arterial pulse during hemorrhage simulation.” Nonlinear Biomedical Physics 5:1, 2011.
- Rubins U. “Finger and ear photoplethysmogram waveform analysis by fitting with Gaussians.” Medical & Biological Engineering & Computing 46:1271-1276, 2008.
関連記事
- 数値で体験するオシロメトリック法:脈波データから血圧値ができるまで —— 抽出された「振幅」がエンベロープになり、血圧値が算出されるまでの「シミュレーション検証」はこちら。
- オシロメトリック法の深掘り:電子血圧計はどのように生まれ、何を測り、どこに限界があるのか